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福島地方裁判所 昭和36年(む)19号 判決

申立人 菅野保之

決  定

(申立人氏名略)

右の者の申立にかかる被告人坂根茂外二名に対する住居侵入、被告人坂根茂外五名に対する国家公務員法違反・住居侵入、被告人佐藤浩外一名に対する住居侵入各被告事件(当庁昭和三五年(わ)第一二九号乃至第一三一号)についての職務回避の申立事件について当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件回避の申立は理由がある。

理由

(申立の理由要旨)

申立人は「昭和三十五年度における福島地方裁判所、同管内簡易裁判所の裁判官の配置、代理順序、事務分配および開廷日割」第一、第二の規定による当裁判所の決定により被告人坂根茂外二名に対する住居侵入、被告人坂根茂外五名に対する国家公務員法違反・住居侵入、被告人佐藤浩外一名に対する住居侵入各被告事件(当庁昭和三五年(わ)第一二九号乃至第一三一号)(以下本件刑事被告事件と略称)の審理裁判について合議体の裁判長として関与すべきところ、

(一)  本件刑事被告事件の被告人中、手塚昂吉は申立人が仙台地方裁判所に在職し刑事単独係裁判官として事件を担当していた際、昭和三十二年中終始申立人専属の公判立会書記官として服務し、公私双方にわたり密接な人格的接触の機会が多く今尚相互間に払拭し難い特別の感情を抱くことを免れない。

(二)  又同事件の被告人阿部忠正は申立人が右裁判所に在勤中昭和三十一年から昭和三十二年まで終始令状関係事務につき申立人の補助者として服務し之亦右手塚被告人と同様公私双方にわたり日常密接な人格的接触の機会が多かつた。従つて被告人阿部との関係でも被告人手塚昂吉の場合同様現在尚相互間に特別の感情を抱くことを免れない。

(三)  本件刑事被告事件は全国司法部職員労働組合(以下全司法と略称)の組合員を含む労働組合員等の日米安全保障条約改定反対のために惹起されたもので元来高度の政治的性格を有するに加え、その発生の場所は裁判所構内で而も事件が全司法との対立関係を包蔵している以上事件の審判は裁判所の内外に対する関係においていささかの疑惑を起させてはならず、裁判の公平を維持するについて通常の事件と異なり特段の配慮を要することは言を俟たぬところである。仙台高等裁判所が本件の管轄を事件発生地を管轄する仙台地方裁判所から当裁判所に移転する旨の決定を下した所以のものも実にこゝにあるものと考えざるを得ない。

(四)  さて当該事件の被告人中かつて担当裁判官と公私において何等かの接触の関係に在つた故をもつて直ちにその裁判官が不公平な裁判をするということは云えない。何となれば裁判官は如何なる事件においても良心の命ずる儘に国法に従つて裁判するのを本旨とし、且しかく習性づけられているからである。然し現実においては右接触が相当長期に亘り且緊密の度を加えるに伴い当人の意識すると否とに拘らず特殊の心境情操が自然発生的に成熟することを免れないと共にその心境情操が裁判官としての訴訟活動に何等の影響も及ぼすものでないとは断言できない。他方関係ある被告人としても当該裁判官に対し虚心担懐に自己の訴訟活動を展開することは恐らく極めて困難であると推測される。これらの事は裁判が固と生な人間の精神の働きであり而も対人間関係において行われるものである限り避くべからざる心理的事象といわねばならない。

(五)  右に述べたような申立人の立場と本件刑事被告事件が全司法を含む労働組合員の政治的闘争の様相を呈しているという特異な性格を併せ考えると、申立人にとつて何らの成心なく純粋明浄な心構を持して至公至平に訴訟活動を遂行する職責を果し得ない客観的障碍が存することを確信する

等の諸理由により到底審判の公正を期し難い立場にあり、右は刑事訴訟法第二十一条第一項後段の「不公平な裁判をする虞があるとき」に該当するものと思料するので刑事訴訟規則第十三条第一、二項によりこゝに回避の申立をする次第である。

(当裁判所の判断)

一、申立人が本件刑事被告事件につき合議体の裁判長として審理裁判に関与すべき地位にあることは当裁判所に顕著な事実であり、当裁判所の申立人に対する審尋の結果によれば申立人が仙台地方裁判所在職中刑事単独係裁判官として事件を担当していた際、本件刑事被告事件の被告人のうち手塚昂吉が昭和三十二年四月より同年十二月に至るまでの間終始申立人専属の公判立会書記官として服務していたこと及び阿部忠正被告人が昭和三十一年四月より昭和三十二年十二月に至るまでの間終始令状関係事務につき申立人の補助者として服務していたことがそれぞれ認められる。

二、一般的に当該事件の担当裁判官が被告人と如何なる関係にある場合不公平な裁判をする虞があると認めるべきかは抽象的に論ずることのできない問題であつて、本件申立の如く本件刑事被告事件の審理裁判を担当する合議体の裁判長である申立人と当該事件の被告人の一部の者との間に過去において職務活動を共にする裁判官・書記官の関係があつた場合においても当然に不公平な裁判をする虞が生ずるものということはできない。

三、そこで更に具体的事情につき検討するに、前記認定のように、申立人が仙台地方裁判所在職中本件刑事被告事件の被告人のうち手塚昂吉とは昭和三十二年四月より同年十二月に至るまでの約八、九ヶ月の間職務活動を共にし、被告人阿部忠正とは昭和三十一年四月より昭和三十二年十二月に至るまでの約一年八、九ヶ月の間職務活動を共にしている点に鑑みると申立人と被告人手塚同阿部等との間には相当長期にわたり密接に接触する機会のあつたことが推認し得るのである。更に担当裁判官と担当書記官との間の関係についてみると、その関係は単に公の職務上の関係において接触するだけでなく、人間自然の感情の赴くところ私的な関係においても人格的交渉の生ずる余地あるは容易に推断し得るところであり、しかも前記の期間にわたり右のような公私の接触により生じた申立人と被告人手塚同阿部との間の特殊な感情が同人等の直接の交渉が稀薄になつてより約満三ヶ年を経るにすぎない現在も尚相当に残存していることも亦容易に推認し得るところであり、上叙の申立人、被告人等の特殊な関係からすると、申立人がその裁判長としての職務活動上当事者双方の何れに対しての有利、不利を問わず絶対に不公平な裁判をする虞がないという保障は期し難いと認めざるを得ないのである。

四、更に本件刑事被告事件の起訴状をみると本件は裁判所構内において裁判所職員を含む数名の、動機において政治性を帯びた犯罪であつて、被告人等に対する関係において、一般国民に対する関係においても特に一点の不公平の感を生ぜしめることなきを要請せられる事案と言わざるを得ず、裁判の威信を保するうえから云つても本件刑事事件については、その裁判官と当事者との関係は一般刑事事件に比し一そう厳格な公正の担保を求めているものと断ぜざるを得ない。かゝる観点からみて、申立人に公平な審理裁判をする能力ありや否やを問うことなく、すでに申立人、被告人間の前記特殊関係が、右に述べた特色を有する本件刑事被告事件の審理裁判について不公平な結果を生ずる虞ありと予想せしめることを不可避ならしめていると認めざるを得ない。

五、なお、本件刑事被告事件のうち被告人手塚同阿部以外の被告人と申立人との間には直接叙上のごとき関係はないが、当該刑事事件の罪質に鑑み、将来継続して併合審理されるものと予想し得られるから、公正の担保、手続の明確、迅速の点から、全被告人との関係において同様に論ずるべきが相当である。

以上の理由により本件申立は理由あるものと認め、刑事訴訟規則第十三条刑事訴訟法第二十一条第一項を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 竹村義徹 大政正一 山下薫)

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